アフマートヴァについて






アンナ・アフマートヴァの生涯と詩について紹介した
フィルム Анна Ахматова   youtube より:
http://www.youtube.com/watch?v=34v9hD-LfB4

4:30、日本語の字幕。

短いフィルムですが、アフマートヴァの生涯を知ることができます。
中で朗読されるロシア語の詩も、耳に美しい。

アフマートヴァ詩集 ロザリオ(木下晴世訳)には
ここで朗読されている〈夕べ〉も収録されています。

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Личное дело Анны Ахматовой / The Anna Akhmatova File

http://www.youtube.com/watch?v=SBDnTfkAd1A

1:06:29という長さで、ていねいに作られたフィルムです。
字幕は英語。

アフマートヴァ詩集 おおばこ より




時折朝から黙って想う 

ゆめが私に歌ってくれたことを
 
紅薔薇と光と 

私のさだめはひとつ 

山肌を雪が流れて 

私は雪よりも白い 

けれど愉しくゆめにみるのは
 
あふれて濁った川の岸辺 

唐檜の灌木の澄んだざわめき 

夜明けの想いにもましてやすらぎに充ちた




(アフマートヴァ詩集 おおばこ より 木下晴世訳)

アフマートヴァ詩集 ロザリオ より



そのとき私は地上の客となった

与えられた洗礼名は—アンナ

人の唇と耳にこよなく快い

私は不思議なくらい地上の快楽に詳しく

祝日は十二日どころか

一年にある限りの日々と心得ていた

秘密の命に私は従い

自由な仲間を友とし

太陽と樹々だけを愛した

いつか過ぎゆくとある夏の日 見知らぬ女に

夕映えの黄昏どきに出逢い

一緒に暖かい海で水浴びをした

その装いは風変りにみえたが

唇はもっと奇妙で 話すことばは

九月の夜降る星のようだった



すらりとしたひとは泳ぎを教えてくれた

激しい波には不慣れな

私の身体を片手で支え

ときおり青い水の中で

ゆっくり私と話してくれたが私にはそれは森の梢が

微かにざわめくか砂がさらさら鳴るか

銀の声で葦笛が

別れの宵を歌うように聞こえた

けれど彼女のことばは覚えられず

夜更けによく胸が痛んで目がさめて

私には半ば開いた唇が

彼女の瞳やなめらかな髪が見えるような気がした

天の御使いに祈るように

私は悲しげな乙女に哀願した

〈教えて どうして記憶は消えてしまうの

あんなに悩ましく快く耳にふれながら

あなたは繰返しの喜びを奪うの?……〉

たった一度だけ葡萄を

篭に集めていたときだった



浅黒い女が草のうえに座り

目を閉じおさげ髪を垂らして物憂げに

ずっしりと稔った青い実と

野生のはっかの刺すような香りにぐったりとして

そのひとは魔法のことばを

私の記憶の蔵に入れた

一杯になった篭を落して

乾いたむっとする地面に私は倒れた

愛を歌う恋人に身を投げかけるように



          一九一三年 秋

(アフマートヴァ詩集 ロザリオ より 木下晴世訳)

〈宇宙の約束〉より 1



 不時着



黒表紙の本の

背を開けばこぼれ落ちる灰に

暮れなずむ森の 瞼が開く

無数の眼が私たちを警戒している

灰の微熱に 私たちは焼かれるかもしれない

赤い眼も黄色い眼も 私たちをみつめ

ハシボソガラスがガァ、ガァと鳴き交わす枝に

ざわめき、またたき


無音の雷が私たちの内部に落ちる

森の夏を捲る私の手が

水の匂いをくぐって

風をつかむ

森の髪を梳くように

宥メルヨウニ

許して下さい私たちの船の灰を撒き散らす、

無作法な不時着を 


(詩集『宇宙の約束』より)
 
       黒表紙(くろびょうし)、瞼(まぶた)、捲(めく)る、
        梳(す)く、宥(なだ)める  



〈宇宙の約束〉より 2



 雫の音




雫の音を眠り、

私は逆数をかぞえて

生き返る

先ほどと同じ部屋で

屋根裏の狭さ一杯に

私の影が伸びる

廊下も少し伸びているだろう

人類が直立歩行する

その廊下から、階段を降りて

鏡の中に落ちる

私は素数をかぞえて

時空を跳ぶ

赤ん坊みたいに

ほら、枯れ葉が舞い落ちてきた

さきほどの夢の樹から

(詩集『宇宙の約束』より)





        雫(しずく)、跳(と)ぶ